秋葉原通り魔事件

亡くなった7名の方のご冥福をお祈りする。ボクも秋葉原には十年以上通っている身なのでまったく人ごとではない。歩行者天国に暴走トラックが突っ込んでくることなんて警戒してないし、ましてやその運転手が回りの人間を次々に刺していくなんて想像だにしないだろう。

その一方で加藤容疑者を「ヲタがキれた。ヲタは理解できない。だからヲタは排除したほうがいい」という方向に持っていきたがっているのが見え見えのマスコミには憤りを感じる。彼の携帯電話からのインターネット掲示板への書込みからは社会への絶望感と疎外感が伝わり、彼が理解できないモンスターではないことが伺える。

加藤容疑者は日研総業から関東自動車工業に派遣されている塗装工なわけだが、その労働環境は 鎌田慧 『自動車絶望工場―ある季節工の手記』(講談社)が詳しい。ソースが古くて信用ならないという人はトヨタ期間工Q&Aまとめにさらっと眼を通すだけでも悪くはない。まさに現代の蟹工船

詳しくない人はここでこう言う「おまえが学生時代に努力しなかったから労働条件の悪い仕事しかできないのだ」。そういう人は 孫一家に学ぶ「就職氷河期」問題 を読んでおこう。ボクも就職氷河期真っ最中に就職活動を行った、まさにロストジェネレーション(失われた世代)の一人であるが、ボクはたまたま正社員になれたものの当時は学生の人数に対して新卒募集数が圧倒的に少なく、たとえ加藤容疑者がそのときに正社員になれたとしても、それは代わりの誰かが正社員になれなかったということを意味するだけだ。“良い学校を出れば良い会社に入れる” 時代ではもちろんないし “良い人材はどんどん採用する” 時代でもない。限られた座席の取り合いだったのだ。

そして景気が回復し、新卒採用数が増えたころにはロスジェネは新卒採用条件の上限年齢を超えており、一方で職歴もないので中途採用もされないという状況だ。正社員になれなかった者の一部は加藤容疑者のように派遣社員として働くが、派遣社員として働けば働くほど広くて浅い職歴になり、採用面接時の印象はどんどん悪くなっていく。正社員になれない→派遣社員として働く→正社員になれない→という負のスパイラルに入り込んでしまうわけだ。

この出口の見えない負のスパイラルな人生の中、加藤容疑者の勤務先は派遣社員200名を50名に減らす計画が発表された。収入が途切れることは、家賃が払えない→住む場所がなくなる→住所不定は雇ってくれない→家賃が払えない→というますます抜け出せない負のスパイラルが現実味を増すことを意味する。この負のスパイラルから抜け出せない者がネットカフェ難民やドヤ街に居着く若者なのだ。加藤容疑者はこの50名に運良く入れてはいたものの、綱渡りの人生であることには変わりない。希望は何もない。

このような社会情勢を予備知識とした上で加藤容疑者の書込みを見てみよう。事件前日までのものと事件当日のものがある。彼の雇用を助けるのは無理としても、彼の厭世感をガス抜きできる友人なりがいなかったことが悔やまれる。彼が愚痴を吐く相手は友人でも同僚でもなく、返信があることが期待できない掲示板なのだ。

社会への復讐心と社会が自分に関心を持ってほしいという劇場型犯罪心理が秋葉原での通り魔事件となったのだろうが、しかし、ほとんどの人々は飲み屋で大トラになるぐらいで精神のバランスを保っている。硫化水素自殺する人も多いけどさ。その人たちと加藤容疑者でなにが違ったのかは分からないけど、気が狂って起こした犯罪ではないことは分かる。

亡くなった川口隆裕さんさんのお父さんは言う。「絶対に許せないが、こういった人間を救済する社会のシステムを作らないと、またこういったことが起きる。若い人が希望をもてる社会にしてほしい」ボクには同世代の仲間の犠牲の上で今の雇用、つまりは今の生活を得ているという負い目がある。なんとかしないとね。

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